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八王子中屋ジム プロモーターの喜怒哀楽
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「試合の前まではアウェーでということで大変かもしれないが、試合が始まってしまえばそんな事は関係ありません。今回の試合はレフェリーやジャッジの3人もアメリカ人で集めました。」

 荒川仁人の世界ライト級王座挑戦者決定戦の4日前、元WBC本部のあったソカロで行なわれたWBC定例会の中でホセ・スレイマン会長は荒川に対し、そう声をかけてくれた。

 実際にはスレイマン会長が言う程、試合前にアウェーの雰囲気も不利だと感じた事もなかった。むしろ歓迎を受け、より良い準備ができていると感じた。そんな思いは入場し、試合開始のゴングが鳴ってからも変わらなかった。

 しかし、試合が始まると状況は次第に信じがたいものになっていった。



 序盤、手数こそ少なかったが荒川は印象付けるパンチをボディを中心に当て、対するエストラダはガードの上であったが手数で上回った。そうした4回の公開採点、ポイントは思いのほかエストラダ断然有利の3-0(40-36,39-37,39-37)、果たしてそれほど離れた採点となるのが正しかったのか、厳しい立ち上がりとなった。

 そして5回、問題が浮き彫りになりだす。荒川のパンチで切ったはずのエストラダの左目上のカットが荒川のヘッドバッドとなり、WBCルールーー故意でないヘッドバットで切れた傷は切れなかった側の減点となるーーとして荒川は減点された。

 ポイントを離され、負傷判定にしないために右フックを封じられた荒川は、今度は積極的にジャブと左を使って攻撃的に出た。その戦術は効果的で相手からクリーンヒットを奪った。しかし、その攻勢も8回の公開採点でポイントには繋がっていなかった事が分かった。もう倒すか、止めさせるかしか勝利する道は荒川には残されていなかった。

 その荒川の積極的な左によりエストラダは中盤から右目が腫れだし、終盤に入ると殆ど塞がった状態となった。その右目に対し、レフェリーがラウンドが始まる前に何度もチェックを入れていた。これでTKOでの勝利が見えてきたと自分達は手応えを感じると同時に、相手コーナー側が何やらレフェリーやリングサイドに陣取るWBC側に訴えかけている事に不安を覚えた。

 そして試合の終わりは唐突に訪れた。

 11回が始まる前、荒川の左で晴れ上がったはずのエストラダの右目は、荒川の故意ではない肘打ちで腫れたものであり、続行不可能なため判定となる、と告げられた。いつ当たったものなのか、その説明はいっさい無かった。

 判定は3−0(92-98,91,99,92-98)の大差でエストラダの勝利となった。

 試合後のスレイマン会長から直に言われた事は、リングの上で全てはレフェリーにゆだねられていた、との事だった。

 しかしその後、そのレフェリー、ジャッジの話しを聞くにしたがい、極めて試合運営が尋常ではない状態だった事が分かった。

 レフェリーは、5回のカットを自分はパンチだと思ったが頭だと、10回終了の際は肘打ちの減点も自分は確認出来なかったが、リプレイを見たというスーパーバイザーからの発言によりその判断に従い試合終了とした、と語っていた。

 そして荒川のカットの減点が、試合途中に改めてリプレイ確認によりパンチのカットだと訂正されいたという。

 その事実をレフェリーもジャッジも試合が終わるまでは知らなかったらしい。当然、荒川コーナーも、観客も同じであり、あるいはエストラダコーナーもそうではなかったか。

 もし、試合中にそれを知れていれば荒川は右のパンチをより使う事が出来、更に試合を別の形に進めていたのは間違いない、我々は作戦を変更してでも勝利の為に対応していたはずだ。

 過去に荒川は東洋の決定戦で微妙な内容でフィリピン人選手から、辛くも判定により東洋のタイトルを獲得したことがある。

 当時、荒川の負けではなかったかと批判も受けた。試合後の印象では確かに相手優勢で終わったかもしれなかった。しかし、1回、1回ポイントを確実にどちらが取っていたかを見れば彼の判定勝利妥当だったはずだ。試合後の印象が一番結果に結びつくのならば、自分達はこれからそれにしたがった練習と試合をするつもりだ。自分達はいつだってルールの中で懸命に戦ってきた。

 しかし今回については採点も結果も印象も、そしてルールさえもバランスが失なわれた中で荒川は戦っていた。どうすれば荒川は今回の指名挑戦者決定戦で勝つ事が出来たのか、そう思わざる得ないものとなった。

 荒川仁人はプロとして早くはない22才でのデビューだった。

 そこからから、新人王、日本、東洋と逃げずに進んだ末に今回のチャンスを掴んだ。それは間違いなく、最初からトップレベルにいる選手ばかりが成功の殆どを得る海外とは違う、日本ボクシングのシステムだったからこそ歩めた道だった。
 
 日本ならトップでのスタートでなくても、大きなプロモーションでなくても、誰だって大きなチャンスを掴める事を荒川は、八王子中屋は証明したかった。そんな日本への感謝の気持ちを荒川は試合で体現してくれていたはずだった。

 自分達は日本ボクシングを代表すると言わないまでも、彼がずっと戦ってきたライト級の日本代表者として、今まで戦ってきた相手の分、応援してくれている、期待してくれている人達の気持ちと共にこのメキシコにやってきた。

 それは相手のエストラダ側も一緒だったはずだ。彼も自分達と同じくメキシコ人としての誇りを持ってリングに立っていたはずである。

 その間に中立の立場で構えていてくれるのがレフェリーであり、ジャッジでありそれを統括するのがWBCなのだと自分達は思っていた。

 しかし、荒川、八王子中屋陣営はこの試合がアウェーでの戦いである事を、どんなに周囲に中立だとで言われようと、少しもその意識を緩めなかった。

 自分達は採点のあまりの開きに驚きと怒りを覚える以上に、試合の中ではそれらを受け入れ、そこからどうすれば勝利出来るのかを必死に考え実行に移していた。それは間違いなくアウェーに向かう者の最低限、持たねばならない意識であったと思う。

 そして荒川はやはりアウェーのようになってしまったリングの上でも自力で勝利を掴むチャンス、TKOでの勝利まであと僅かと迫まる動きを見せてくれた。

 しかしそのチャンスはリングの外により摘み取られた。

 果たして試合の流れ、結果は正しかったのか?



 過去から今までWBCと日本は数多くの世界戦を共に行ない、互いを尊敬し合ってその絆を深めていたと自分達は思っている。

 だからアウェーの地であるが故、気持ちを緩めなかったとしても、それと同じくらいの信頼を寄せてメキシコへやって来た。その信頼たる理由、それはWBCに対する尊敬から、それだけだった。

 自分達はそんな今までの日本ボクシングとWBCの大切な関係を自らの手で壊そうとは少しも思っていない。むしろ更なる結びつきの一人になれる事を誇らしく思っていた程だ。

 しかし、ここで自分達が訴えかけなければ、この先、同じような状況を同国の選手達、あるいはメキシコではない他国の選手達がここメキシコでまた味わう事になるのではないか、それはニュートラルな総括団体としての存在の意義に関わる問題ではないのだろうか、そう感じたのだ。

 自分達は今回、起きた事、その結果を”事件”だと認識している。





 12月2日から開催されるWBC総会に荒川仁人を連れて行く事を八王子中屋ジムは決めた。

 多分、試合後に鼻と右の眼窩底骨折 が発覚したエストラダと総会で再会する事はないと思う。

 WBC総会ではこの試合について正式に抗議するつもりだ。選手の叫びも聞いてほしい。

 そして今一度、その試合の結果について真実と結果、その先の事を教えてほしい。世界ボクシング団体のリーダーたるWBCの誇りと尊厳のもとに。

 このような形でルールをも変えられてしまうような判定で終わる試合に、悲しみを覚えているボクシングのファンの方々、また文字という素晴らしい術でボクシングを表現するマスコミの方々、どうかご声援、ご協力の程、よろしくお願い致します。

 今後、このようなことが起こらないきっかけとなる事を願い、WBC総会で訴えかけていきたいと思います。

 またこの試合は、WOWOWのエキサイトマッチにて放送される予定です。もし放送された際は、どうか皆様の目でもこの試合の真実を見てみて下さい。

 何卒よろしくお願い致します。ありがとうございました。

 八王子中屋ボクシングジム 
 プロモーター 中屋一生

写真提供:こんどうさん
メキシコまで行って撮影してくれた、ジム練習生のこんどうさん。上の二枚の他にも、写真がUPされています。

◎こんどうさんの写真館 Nihito Arakawa VS Daniel Estrada
写真は、この後追加される予定です。



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